1に目を向けると10あることに気づく

『めいの小さな物語〜宮崎県の五ヶ瀬に村・留学をした9日間〜』

父のすり足で目覚め、壁にかけてある時計を見てみると、短い針は6と7の間、長い針は6を指している。「ん?何かがおかしい」と思い、窓を見ると黄色の光が机に差し込んでいる。「何が起こっているんだ?」と思いながら机の上にあるスマホの画面を恐る恐る見た。

〔6:31〕

アラームの設定を「5:00」に設定、ひとつだけでは不安だからと「5:10」にも設定していた。あれ?どうして音が出なかったのだ?!・・・どうやら、「17:00」「17:10」と12時間の設定間違いをしていたらしい。自宅最寄り駅5:44発の電車に乗るはずが…

初日から迷惑をかける申し訳なさと「あぁ〜自分、なんか疲れているんだな」と日頃の生活習慣・リズムを反省し五ヶ瀬へ向かった。私の村・留学の始まりは寝坊から始まってしまった。

予定より5時間遅れて新幹線に乗り、博多駅で下車。関西弁ではない方言や訛りを耳にしながら、高速バス「五ヶ瀬号」に乗り換える。窓の景色は次第に夕焼けのオレンジ色へと変化してきた。「今、私はどこにいるのか?」「本当に五ヶ瀬に向かっているんだよな」五ヶ瀬町役場前に到着する頃には、一面真っ暗である。不安が積もる中、「次、降ります」というボタンを押した。乗客がほぼ満席の中、バスを降りたのは私一人だけだった。

バスを降りると、陽菜さんが一人で待ってくれていた。「ようこそ五ヶ瀬へ」と微笑みながら出迎えてくれた。陽菜さんは大学卒業後、春から地域おこし協力隊として五ヶ瀬で活動することが決まっている大学4回生。2年前に村・留学で五ヶ瀬を訪れたらしい。今回は村・留学現地スタッフで、村・留学アカデミー2期生の先輩である。

迎えの車内から数えきれない星。滞在場所の「猿田彦」[1]に到着すると、先に到着していた村・留学生が晩御飯「猪鍋」を用意してくれていた。

村・留学生が晩御飯で用意してくれていた「猪鍋」と滞在場所の猿田彦

目に飛び込んできた自然

玄関を開けると目の前にこれまでに見た事のない景色が広がっていた。お茶の木々が一列一列綺麗に並び、扇状のような段々畑になった茶畑。そして白い朝霧と太陽の光によって、うっすらと山が連なっているのが見える。少し冷たい空気の中、深呼吸したらちょっぴり鼻の奥が痛いが、気持ちがいい。

「私はこんな場所にいたんだ」と思った。私は普段美しいものを撮影しようとすると一眼レフを取り出して、美しい写真を撮る。ただ、この瞬間、手提げバックに入っている一眼レフではなく、ポケットに入っているスマホで思わず写真を撮っていた。

3日目は五ヶ瀬の村・留学では恒例と言われる蘇陽峡でのカヌー体験をした。

村・留学五ヶ瀬主催者の杉田英治さんは、若い頃にカヌーでアラスカのユーコン川を下った冒険家でもあり、現在は五ヶ瀬自然学校で小学生を対象にしたカヌー体験を生業にしている。蘇陽峡まで車で向かう。道中に、緑色の苔で覆われた石積みがあった。木が鬱蒼としていて今は絶対住めない場所だが、昔はこんな場所でも人が暮らしていたのかもしれない。蘇陽峡に到着した。この日は曇りだったけれども、蘇陽峡は透明で美しいエメラルドグリーン。写真だとしたら、加工されているように感じる色だ。亀の甲羅のような岸壁、木々が根っこから倒れ、水中で腐ることなく、沈んでいた。自然にしか表せない美しさだ。こんなに自然を視覚から感じたのはいつ振りだろう。

「使えるようにする」プロ

猿田彦での出来事。ふすまの立て付けが悪くなり、開くことも閉めることもできなくなった。私たちはふすまを立てかけるようにして冷たい冷気が部屋に流れ込まないように防ぐ。それが私たちにできる最善策だった。しかし、杉田英治さんは使わなくなった細長い木材を2本もってきて、サイズを測って、木材を切って、ぴったりに立て付けて「使える」ようにした。壊れているものを見つけ、迷いなく、修理する英治さんをみて、かっこいいなと思った。

英治さんの奥さんである千佳子さんは、綿糸で洋服、バッグ、帽子を手作りしていた。実際に作品を手に取って見せてくれた。「ここ、色が違うでしょ?実はここ傷んででところで。あえて違う色の布や糸を使うの。世界で一つだけの作品になるの」と話してくれた。今、自分の周りにあるものに目を向けて、加工し、使えるようにすること。一つ一つ面白がりながらの手直しだからこそ、愛着が詰まっていた。

五ヶ瀬の人はとにかく自分で何かを作り出す。機能しなくなったものを「使えるようにする」プロである。

はずれたふすま(写真左)と面白がりながらの手直しをする千佳子さん(写真右)

五ヶ瀬で出会った人の生き様

藤本先生

私は二ホンミツバチを育てる藤本先生のところへお話を聞きに行った。曇り空、少しの小雨が降る中、藤本先生は自宅玄関前で椅子に座って3時間ほど二ホンミツバチの事や藤本先生の趣味の話、夢の話をした。先生は太陽みたいに明るい。その中で先生が言ったのは「俺はもう悔いがない。悔いはない。もう、好きなことをみんなしてきたもん。奥さんには感謝しているよ」という感謝と趣味でも最善を尽くすという生き様だった。

茶色、少し色の薄い茶色、バターのような白色の異なる蜂蜜3種類を用意してくれた。食べ比べしてみた。バターのように固まっている白い蜂蜜は、透明なガラスのシャンデリアがある洋風のお洒落なカフェに出てきそうな味。花のような香りが鼻を通る。少し黒色に近い蜂蜜は、ちょっぴり洋酒のような酸味を感じる。反対にオレンジ色のような蜂蜜は、酸味と甘みの中に苦みを感じる。味も色も異なる。

藤本先生は「取ってくる植物の蜜によって蜂蜜の色も糖度も固まり具合も全く異なる。そして二ホンミツバチの行動範囲は蜂の巣から2㎞圏内。という事は、目の前にある蜂蜜は五ヶ瀬の自然の味だ。」と教えてくれた。

わたしの名前を忘れないように書いている藤本先生(写真左)と色も味も異なる五ヶ瀬の蜂蜜(写真右)

石井さん

私は特産センターに行った時に「まちづくりの思考力」という本を購入し、英治さんに「こんな本を買いました!」と報告をしたら「この本を特産センターに置いた人と話してみる?何故、この本を特産センターに置いたのか経緯を聞いてから読んでみると面白いかもね」とアドバイスをもらいお話を伺いに行った。

この本を特産センターに置いた人は、元行政職員であり、現在は鞍岡での地域活動を行っている石井さん。行政職員時代に行政が行うアンケートで、「死ぬならここで死にたいと、地元で死にたい、鞍岡で死にたい。」というおばあさんとの出会いが石井さんの人生を変えた。石井さんは「行政職員は、数年で異動がある。異動となれば、これまで培ってきた人脈ではなく、新たな人と関係性を築いていくことになるわけだが、自分は、これまで培ってきた人脈と活動する方が、より地域のためになるのではないかと考えた」と早期退職を選んだ。

奥村さん

笠部で出会った奥村さんは、桃360本、つつじ110本、くり10本を植えた。大きく成長した木や花を自分が見られないとしても、訪れた人に綺麗な花を楽しんでほしいという想いで未来に生きている。

英治さんが言っていた言葉

「掃除するにしても10人いたら10人違うやり方。同じ場所を10人で掃除したらピカピカになる」
このまち、五ヶ瀬はその言葉の通り色んな生き方や暮らし、人の想いがあった。


村・留学を終えて

村・留学の9日間が終わって、私は母に連れられて車で1時間、祖父が入院している病院へ向かう。酸素マスクを付けて、呼吸がとても荒く、痰を吸引する管は少し赤く、苦しそうだ。もう先は長くないし、話すこともできない。ふと「愛唯ちゃんはお利口さんやなぁ~」としわくちゃの顔で笑う祖父の顔を思い出した。

本当にそうだろうか?私は、起こってもいない先の不安ばかりに目を向けて、目の前に居る人、出来事、大切なものが見えていなかった。

一期一会…二度と訪れないこの瞬間を大切にしよう。

村・留学期間中にふと頭に出てきた言葉を思い出した。

「私は五ヶ瀬の人達みたいに、出会った目の前の人、今ある瞬間、食事、日々の暮らしを感謝しながら、悔いなく過ごせているだろうか?一瞬一秒を大切にできているだろうか?」

そんな事を自分自身に問いかける時間だった。

大学3年生になってから、授業・課題・就活・ゼミ活動・アルバイト…とパソコンやスマホと睨めっこの日々が続いていた。毎日、毎日、24時間考え事、悩み事。大学に行く電車でつり革も持ち、立ちながらうとうとして、帰りは特急列車ではなく、普通電車に乗って爆睡。気分転換といっても人の多い大阪の観光地に行っては人疲れしてしまい、特に欲しいものもないのにショッピングに行ってみる。

五ヶ瀬で思い出した。自分は何気ない町並みや自然が大好きだったんだ。自分が「良い」と思ったものは全てが観光地、パワースポット。流行に左右される必要もないし、争う必要もない。

そんな事を考えながら、今日も過ごしてみようと思う。

自分の中にあるフィルターを外して、10人のうちの一人としてどんな生き方をするのか?

「自分は何がしたいのか?どうしたいのか?」


神戸学院大学 現代社会学部 3年 
村・留学アカデミー3期生 水野愛唯

村・留学に参加したきっかけ将来的に日本国内どこかの地域で「地域活性化・まちづくりに携わる」という目標を掲げて大学に入学した。これまでに福井県、石川県、徳島県、鹿児島県…色んな地域でのボランティア活動やNPOでのアルバイトをしていた。アカデミー1期生の友達から紹介してもらった。これまでのようなボランティアみたいな地域とは別の関わり方をしてみたいと思ったから。

編集:松榮秀士

『めいの小さな物語〜村・留学した9日間〜』
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