村・留学の声

人間関係は元来煩わしいものじゃ

きっかけは地方への憧憬

僕は、京都の境にある集落で8泊9日間の村・留学に参加しました。
そこは人口がおよそ80人、そのうちの半分以上が75歳という、いわゆる「限界集落」です。

そんな集落に僕が村・留学で参加しようと思った理由は、地方への憧れがあったからです。

・都会にはない、地域の人との強いつながり
・自然に囲まれた生活

こういったものが自分には羨ましくて、地方の暮らしがなんとなく魅力的に感じていました。
そんななか村・留学を知って今回参加することにしました。

折り紙を折りながら集落での生き方について教えてくれた。

限界集落で学んだこと

8泊9日の村・留学を通して、僕は多くの体験をしました。

・初めての手作り味噌
・集落に住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんに自分からお声がけしてお話を聞く
・イノシシの解体

この9日間での新鮮な体験を通して、僕は地方での暮らしを体感することができました。

しかし、村・留学を通じて僕の心に一番残ったことは、手作り味噌でもイノシシの解体でもありませんでした。

おばあちゃんと話していると安心が産まれる

自分を見つめ直すきっかけとなった一言

自分の心に一番残っていること…
それは、集落に住んでいるあるおばあちゃんが教えてくれた一言でした。

人間関係とは、元来煩わしいものじゃ

この言葉に、僕はハッとさせられました。
僕はこれまで、傷つかないために人間関係そのものから逃げていました。
そして、個々が分断される現代において、僕は温かい人間関係を求めて、地方に漠然と期待を抱いていたのです。

でも地域の人と仲良くしているおばあちゃんにとっても人間関係は元来煩わしいものだったんです。
だからこそ、それを楽しみながら生きていくことが大事なんだ
おばあちゃんの一言を通して、僕は自分がこれまで押さえつけてきたある感情に気づきました。

それは、
僕は自分を認めてくれる仲間が欲しかった」
ということです。

今まで人間関係に逃げていたけど、本当はずっと仲間が欲しかった。
でもそれを自分の中で隠し続けてきました。
それを認めちゃうと自分が弱い人間だと思っちゃうし、自分が小さな存在になってしまう気がしていました。

でも、そんな僕に対しても集落の人は思いやりを持って接してくれました。
そうして集落で生活する中で「弱い自分もいいじゃん!」と自分を受け入れることができるようになってきました。

自分で言葉を紡ぎ、想いを伝える村の人の言葉には温かさがあります。感動があります。
僕自身、生まれて初めて人の心に感動し、涙を流しました。

村・留学に行くことで、自分の知らない自分に気づくことができます。
将来の進路で悩んでいる人、自分に向き合いたい人は、地域への村・留学が自分を見つめ直すきっかけとなるのでぜひ一度体感してみてください。

村・留学に行ってよかった

村・留学 ’16冬

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