留学生の声

「9日間の村留学in 久多での学び」

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京都市左京区の山奥にひっそり在する、久多から昨日帰ってきた。
村留学ではその土地にしばらくステイさせていただき、その期間中に地域の方の家のお手伝いをし、お話をたくさん聞ける。
そんなプログラムだ。

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参加者は7人。大学生を中心とし、僕は参加者の中で最年少。
最も年長の方で27歳の方もいらっしゃった。

久多は、神戸からだと電車やバスなど乗り継いでおよそ三時間の距離。IMG_4249
その距離は遠いと思われるかもしれないが、その距離の中に、限界集落があることは驚きそのものだ。

ネットは繋がるものの(僕は期間中写真撮影の為に機内モード)水は沢から引いてきている。
自然に、そして深い雪に囲まれた地域だ。

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今回、お家を貸して下さり食事・寝泊りをさせて頂いた奥出家のご夫妻には、本当に温かく迎え入れ、人生において大切なことを幾つも教えてくださった。
ホストの奥出さんは本当に多才かつ分野横断的な方で、蕎麦打ち職人、猟師などあらゆる分野に長けた方だ。そんな方と9日間もお話できたことは生涯の財産だ。

こんな風にして、久多でのハイテンションそのままに、この文章をまとめているため、まとまりに難が出ることと思う。

だが、その混乱と高揚そのままに書き進め、皆さんの目に深く触れることを祈っている。

9日間はとても濃く、毎日が「驚きと気づき」の連続であった。
その一つ一つについて書くと膨大な文章の量になることだろう。

鹿の猟見学、そしてその鹿を自らの手で解体し、食卓にその鹿肉が並ぶ。

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久多の住民の方とのお話は人生の先輩としての、智慧と示唆に満ちていた。
どの方々も波瀾万丈の生を繋いで来られた。
周囲との関係、戦争、死別…
当然、口から出てくる言葉の重みは、並大抵ではない。

蕎麦打ちや、納豆、味噌作り。フランス料理のシェフが鹿肉の料理を振舞ってくださったり、「村」という枠をぶち壊し、僕の価値観を打ち砕く体験の数々があった。

これらの体験はあくまで一部だ。これら以外にもたくさんの方々の支えがあった。そしてたくさんの学びがあった。

僕がこの9日間に忘れてはいけないと強く感じ、そして忘れはなるまいと思ったことは
「持続可能な形で循環している」
ということだ。

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僕の食卓には様々な人々の労働を介したものたちが並んでいる。
そのことに思いを馳せろと、今まで何度も聞いてきた。
その人たちの存在に感謝しろと、繰り返し言われてきた。

無人島でのキャンプに二回ほど参加した経験があったが、僕には本当の意味での感謝や、モノの貴重さが分からなかった。

無人島ではタンクの水が少ないから、節水しなさいと教えられ、自分たちで自炊を行なった。
それは何も間違ったことではないが、そうした生活は持続して続けることが難しい。
無人島での生活は一時的なものにしかなりえないからこそ、都会に帰った僕たちもその世界の隔たりを無人島と本州の間にある海を渡ることで、実感できた。

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だが、久多は本当に人々がそこで生き、貴重な文化を継承してきた歴史がある。
久多での暮らしは、不便だと云われながらも、持続可能なものだ。

付近には飲食店もなければ、スーパーもない。
雪も人の背丈を平気で越してくる。

不便であるはずなのに、そこには人々の心の豊かさが確かにあったし、僕はその豊かさを思った時に、大阪駅に昨日の夜帰って来た時に目の当たりにした壁面や照明、映像、音。
これらの情報量の多さには、心が暗くならざるを得なかった。
そしてカラフルな街のネオンの中には、自然が織りなす豊かな色合いやバランスは無かった。

久多での暮らしは、人間中心ではなく、自然が中心であり、人間はあくまでその自然の乱れを正すバランサーとしての役割を執行しているに過ぎない。自然のお零れを人間が頂いているという感覚は、雪かきを通して感じた。
人間の欲望のために、自然を破壊することは、ない。
むしろ人間の欲望を自然の範囲内で合わせるために、都会でのライフスタイルや価値観をある程度捨てなければならない。

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こうした厳しい環境にも思える暮らしの中でなぜ僕が「豊かさ」を感じたかといえば、それが先ほど挙げた「循環」がそこにあったからだ。

先ほど、少し紹介した鹿の猟見学から、その仕留めた鹿を食すまでのプロセス。
鹿を追いかける奥出さんの猟犬二匹。
そして、川にまで追い込み、猟犬が獲物の鹿にかみついているときの、鹿の痛々しいまでの悲鳴。
そして山村に轟く鉄砲の音。

川の中で、仕留めた鹿の腸などをその場で取り出し、その腸を清流へ流していくとき僕はその腸をトンビが食す様を想い、川の流れが運んでいく命の循環を感じた。

そしてその鹿の解体。皮を剥ぎ取り、丁寧に肉を分けていくその作業を自らの手で行なうと、「グロい」とされる感覚は全くなく、むしろ「美しさ」と「神聖さ」が宿っていた。

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その鹿をタタキやカレー、ローストなどで頂いたが、その時に初めて「頂く」という気持ちが生まれてきたし、その美味しさに「感謝」していた。
そして余った切れ端の肉などは余さず、猟犬に与えられている。

そこには大量生産、大量消費を超えた生活の質の高さや、プロセスの端緒から最後まで見届ける「楽しさ」があった。

循環させる生活は、都会の中で実現することは困難だと僕は今、改めて感じている。そして、「久多にとっての非日常」の生活へと体が戻りつつあることをひしひしと感じている。

人の生活や思想は、環境によって簡単に変えることができる。
そしてその同じ環境の中で規定された感性や、思想を変え、異なるアイデアを実質化することは至難だ。

でも、僕はこの別世界ともいえる場所に9日間もお世話になり、そこで感じたことの重さを考えると、今の自分の身には不相応なものばかりだ。

だからこれだけの重いものをあてもなく抱え続けるならば、僕はやはり発信する側になりたいと強く感じたし、この文章をポジティブに書き続けることが出来ている。
僕の表現は回りくどくて、骨ばっているから、それをこれを機会に少しでも人を思った表現ができるような機会にしたいと思う。これから久多について僕が語る時に。

いずれにせよ、この混迷の中でも、僕はこのような知らない世界に一層興味が湧いたし、その興味の裏返しとして、読書体験も少しだけ豊かになると思う。そして、いつかこの久多で感じた思いを少しでも形にすることが、今回お世話になった奥出さんご夫妻をはじめ、参加者の7人のみなさん、そして久多の方々への僅かばかりな恩返しになるはずだ。
そして久多という地のファンになった限りは、これからも関わり続けたい。

この場を借りて、このような経験をさせてくださった皆様に心から感謝します。

2015年2月23日 自宅にて
本田 龍之介

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